無痛分娩の死亡事故について
現役医師が解説!
無痛分娩の死亡事故について
今回は少しセンシティブですが、これからお産を迎える妊婦さんやご家族に必ず知っておいてほしいのが「無痛分娩の死亡事故」についてです。
よく妊婦さんから
「事故の記事を見て怖くなって…」
「無痛分娩ってリスクが高いの?」
という不安の声を耳にします。
出産の痛みを抑えてくれる無痛分娩ですが、医療行為である以上、極めて稀ではあるものの重大なリスクが存在するのも事実。
そこで今回は、「無痛分娩における重篤な事故の頻度」や「過去に起こった実際の事例」、そして「どう防ぐのか」をできるだけ噛み砕いてわかりやすく解説します。
ママと赤ちゃんの命を守るために、ぜひ最後までチェックしてみてくださいね!
<目次>
1.結論
2.無痛分娩のデータ
3.実際の重度障害事例
4.重大事故の原因と対策
5.医者からのアドバイス
1.結論
無痛分娩は、正しく管理・実施されれば非常に安全性の高いお産の方法です、事実、無痛分娩が直接の原因となって死亡事故に繋がった例は非常に稀です。(2010年から2016年で1件)
しかし、麻酔薬が引き起こす急激な身体の変化に対して、「適切な監視」と「迅速な処置」ができる体制が整っていないと、万が一の際にお母さんや赤ちゃんの命に直結する事故に繋がってしまいます。
それでは、具体的なデータや過去の事例をもとに、詳しく見ていきましょう。
2.無痛分娩のデータ
厚生労働省や日本産婦人科医会の調査によると、年間で亡くなる妊産婦さんは全体で30〜40人前後(出生10万対で約3〜4人)となっています。
これは世界でもトップクラスの数字で、日本の産科医療のレベルの高さを物語っています。
では無痛分娩はどうでしょう。
無痛分娩の死亡事故を完全に網羅した公式の統計データはないため、日本産婦人科医会の妊産婦死亡症例検討評価委員会のデータをご紹介します。
それによると、2010年から2016年までに国内で報告された妊産婦死亡例は全部で271例で、そのうち無痛分娩を実施していた症例は14例。
その14例のうち、具体的な原因を調べると無痛分娩の麻酔が直接原因となった例は1例で、他13例は無痛分娩を行なっていなくても起こりうるものが原因でした。
つまり2010年から2016年にかけて、無痛分娩が直接の原因で妊婦さんが死亡した事例は1件のみと考えられます。
また重篤な合併症である脳性麻痺に関しても、2009年から2019年までの報告では麻酔に直接関連するのは3例とされています。
統計上でも『無痛分娩=危険』というのはデータ上からは否定的であることが分かります。
無痛分娩実施妊産婦における死亡原因
| 死因分類 | 数 | 臨床的特徴と解釈 |
|---|---|---|
| 羊水塞栓症 | 10例 | 分娩時に羊水成分が母体血中に流入し、急激な肺高血圧や過敏症反応、凝固異常を引き起こす突発的疾患。 |
| 子宮破裂 | 1例 | 子宮壁が裂傷を起こす産科合併症。 |
| 産道裂傷 | 1例 | 激しい弛緩出血や深部裂傷による失血死。 |
| 感染症 | 1例 | 敗血症性ショックなどによる死亡。 |
| 麻酔直接原因 | 1例 | 硬膜外麻酔の手技的過失に直接起因する死亡。 |
3.実際の重度障害事例
ではなぜ『無痛分娩=危険・怖い』というイメージが広がったのかというと
2017年頃にかけて、麻酔合併症や管理ミスが関与したと疑われる母児の死亡・重度障害事例が繰り返し報道されて、社会的な懸念が急速に高まったのが原因と思われます。
そこで今回は報道された実際の症例について解説していきますね。
事例1:麻酔投与後の監視不足(兵庫県・2015年発生)
兵庫県の産婦人科医院において、麻酔薬投与後の医師不在と監視不備により妊婦が死亡した事例です 。
<概要>
無痛分娩の麻酔薬投与を行った直後、院長医師が外来診察の業務を行うためにその場を離脱し、分娩室には看護スタッフのみが残された。
麻酔注入後、産婦は急激な気分不快を訴えて嘔吐し、それに伴って胎児の心拍数も急低下し始めた。
現場の看護師らは体位変換などの対応を試みたものの、より重要な呼吸困難への対応及び医師への連絡や心肺蘇生プロセスの開始が遅れた。
最終的に妊婦は心肺停止状態に至り、低酸素状態による脳への重大な障害を負った。
(1年半後にお亡くなりになられた)
■問題点
硬膜外麻酔実施後、院長医師が外来に行ってしまった点
→当時のクリニックには麻酔の専従医がおらず、産科医が一人で麻酔処置を掛け持ちしていました。そのため、院長医師が麻酔導入後にもかかわらず分娩室を離れてしまうこととなり、麻酔投与後の20-30分間、最も血行動態が変動し合併症が発現しやすい危険な時間帯に医師が付き添えませんでした。
また生体モニターを用いた確実な多面監視体制が敷かれておらず「監視体制の形骸化」が最大の事故原因とされます。
事例2:カテーテル 誤挿入と全脊椎麻酔(京都府・2012年発生)
京都府内の産婦人科医院において、無痛分娩の麻酔導入時の過失により母体に重度の脳障害が残り、その後出生した児が死亡した事例です。
<概要>
無痛分娩開始時、担当医師は硬膜外麻酔のカテーテルを挿入する際、針の先端を誤って奥にある「くも膜下腔」まで到達させた。
さらにカテーテルが誤ってくも膜下腔に入っていないかを確認するための「テストドーズ」や、麻酔薬を複数回に分けて慎重に投与する「分割注入」の義務を怠り、硬膜外用の高濃度麻酔薬を一度に全量注入した。
大量の局所麻酔薬が脊髄に直接作用したため、妊婦はすべての脊髄神経が麻痺する「全脊椎麻酔」の状態に陥り、瞬時に心肺停止状態となった。
搬送先の病院で緊急帝王切開が行われたものの、児は低酸素性虚血性脳症を発症し、母親は低酸素脳症による重度の身体障害を負って寝たきりの植物状態となった 。
■問題点
安全への意識と確認が不足していた点
→くも膜下腔にカテーテルが迷入することは非常に稀ですが、起こりうることです。そのため、カテーテルがくも膜下腔に入っていないか、少量の麻酔薬で確認したり、分割投与することで全脊椎麻酔のリスクを可能な限り減らすことが大事なのですが、今回は行われていなかったようです。
4.重大事故の原因と対策
これら過去の悲しい事例から、無痛分娩で命に関わるトラブルが起こる原因は主に2つに集約されます。それぞれ医療現場で行われている現在の対策とあわせて解説します。
| 主な原因 | 医療現場での具体的な対策 |
|---|---|
全脊椎麻酔 麻酔の薬が誤って血管や脊髄の深い部分に入り、心肺停止を起こす。 | 少量ずつの注入とテスト 一度に大量の薬を入れず、まずはテストの薬を少量入れて足の動きや血圧に変化がないか(誤入していないか)を確認します。また、麻酔中は常に血圧計と酸素飽和度モニターを装着します。 |
救命処置の遅れ 異変が起きた際、麻酔のトラブルに対する救命処置が後手に回ること。 | 厳格なモニタリング 1人の医師だけで管理するワンマン体制には限界があり、複数人で管理する。また何か急変があったときにすぐに気づけるよう、厳格なモニタリングを実施して、早期に処置を行えるようにします。 |
5.医者からのアドバイス
過去の事故のニュースを見ると「無痛分娩は怖いもの」と感じてしまうのは当然です。しかし、これらの事故を受けて、現在の日本の産科医療は劇的に変化しました。2018年には「無痛分娩関係学会団体連絡協議会(JALA)」という組織が発足し、全国の産院の安全体制を厳しくチェック・公開する仕組みができています。
これから無痛分娩を考えているみなさんへ、産科麻酔科医から安全な産院選びのためのアドバイスです。
■JALA(ジャラ)のウェブサイトで検索する
その産院がJALAに登録されていれば、安全のための情報を公開して、JALAの基準を満たしていることになります。そのため、万が一の救急時にもしっかりと対応してくれることが望めます。
■麻酔科医の常勤がいるか聞いてみる
産院の見学や妊婦健診の際に、「無痛分娩専属の麻酔科医はいますか?」と聞いてみてください。専属の麻酔科医がいれば夜間や急変時にも十分な対応をしてくれるはずです。
■少しでも「おかしい」と思ったらすぐ口に出す
本人から症状を訴えるのも大切です。麻酔が入った後に「急に目の前がチカチカする」「耳鳴りがする」「金属の味がする」「息が吸いにくい」と感じたら、絶対に我慢せず、そばにいる助産師や医師にすぐに伝えてください。これらは麻酔のトラブルの初期サインです。早くわかれば、重大な事故になる前に100%対処できます。
無痛分娩は、ママの体力を温存し、笑顔でお産を迎えるための素晴らしい医療です。だからこそ、私たちは「絶対に安全第一」であなたをサポートします。
不安なことや分からないことがあれば、いつでも私たち産科麻酔科医に気軽に相談してくださいね!
ではでは!
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<参考資料>日本産婦人科医会施設情報調査、第61回社会保障審議会医療部会資料、令和3年3月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官、無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築について、無痛分娩における課題ー日本産婦人科学会
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